ヘルパーステーションけろけろ 

介護福祉士です。訪問介護しています。重症妊娠中毒症による子宮内胎児発育遅延で緊急帝王切開してから出産の度に帝王切開しました。小中高大4人の子供、身体障害者の夫、要介護3で認知症の姑さんがいます。大阪から宮崎への引越しと、そのあとの毎日の記録です。

わたしヘルパー天職だったんだ…大好き訪問介護。

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こんばんは。ヘルパーステーションけろけろです。

訪問介護の仕事をしていると、事業所の方にはよく「家でも姑さんの介護があって、ご主人も障害者で介助が必要なのに、どうして仕事まで介護職なの?」とよく聞かれます。「いやになったりしない?」とか。

介護の資格を取ったのは本当に偶然で、びっくりするような取り方になりました。

大阪に来る前は愛媛にいたのですけど(松山じゃないもう少し小さな町に)そこでは、

タウン誌配布のバイトや、塾の丸つけみたいなことをしていました。

大阪に越してきて、ちょうど長男次男が中学高校と何かと物入りだし、何か資格とったら、これからもお引越し人生は続くんだし、と主人に勧められてはいたものの、何かのパートには出たいけど、うーん、自宅ですでに姑さんの介護っぽい状態だし、主人の障害でのヘルプもしてるし(この時は気がついてなかったけど、主人との毎日は実は重度訪問介護でした)やっぱり家から出たら何か別の仕事がいいや、と思っていました。それに、他人とのかかわりが上手でもないし、身体介護っぽいことを見るにつけ、絶対無理ーと思っていましたし。さらに、実は長男は当時で言う極小未熟児でトラブル続きで出生して、生後一年間は生きるか死ぬかみたいな気持ちと、様々なケアが必要な子育てでしたし、今なら入院、リハビリ対応するかなと思うような幼児期でしたから、さらに手を取られていました。

そんなこんながやっと落ち着いた感じで大阪に転勤でやってきて「人のお世話をするパート」に応募して、一度落ちた会社から、欠員ができたからどうですかと言われて喜んで行ってみたら、介護職員基礎研修のコースを受けてそこに就職するという内容でしたが、当時は、基礎研という言葉も資格も、それが介護関係の資格ということすら知らないありさま。たくさんの教科書を渡されてびっくり。テ、テストを受けるの?っていう感じ。(実務者研修になる前でした)

結局は、必死でがんばって基礎研を終了して、パートで入ったのが訪問介護訪問介護が何をするのかもあまり知らなくて、排泄?洗濯?掃除?えええーっていう感じでした。

何が何だかわからないまま、必死で走ってきたけれど、怖い経験もたくさんあったり、びっくりするようなことや、泣いたり落ち込むことも多いけれど、訪問介護の仕事に出会えてよかった!と思っています。

介護技術はまだまだだと思うこともあるし、生活介護でも、調理もっとかんばりたいな、と思ったり、いろいろ考えることもあるけれど、でも、「こんにちは!」とノックして訪問させていただいて、お顔をみてお話しして、その時間を一緒にすごすことがとても好きです。

訪問介護の場合、やはりこのような訪問して1対1での人間関係でのお仕事なので、向き不向き…体質にあうかあわないかはあるのかなと思っています。けろけろは、自分では苦手!!って思っていたけど、すごくこのお仕事が好きみたい。失敗は、本当はあってはいけないけど、もちろんたくさんしてしまうけど、でも、利用者さんたちとのかかわりがうれしいな、と感じたり、お別れに心がさみしくなったり、そういうことひとつひとつが、自分が訪問介護員でよかったな、と思う理由になっています。

もちろん、訪問介護の仕事で学んだことは、自宅でも生きていますし、逆も言えるなと思っています。

どうしてこうなったのかなーと思うような不思議な道だけど、でも、自分で「訪問介護が天職でした!」って言えることがうれしい毎日です。

宮崎に行ってもがんばらなくちゃ!

今回の絵は、うちのちびっこ(4番目)8歳3年生の女子が、先日のけろけろのお誕生日に作ってくれたケーキ。朝から「ママのお誕生日ケーキ作るんだ!」といきまいて、材料買ってくるように頼まれました。この子は調理が大好きで、ここ1年ほどは、ケーキ類もがんばっています。粉を計量するところから、泡立てや飾り付けも自分でしてくれます。上手にできました!

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