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ヘルパーステーションけろけろ 

身体障害2級のだんなさんと要介護3の姑さんと4人の子供たちと一緒に、大阪から宮崎まで引っ越ししてきました。家庭と介護と仕事など、様々な生活の記録です。仕事で訪問介護員をしています。

問いたい。その生き方は美しいか。

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ここ数ヶ月の頭ぐるぐるからの突破口は、美しさだった。

世の中には、いろんな考えのひとがいて、いろんな言葉があるものです。

善意での言葉がとてつもない痛みを持っていたり、笑顔で言われる言葉が心の底に澱となって沈んでいって、夜中に這い上がってきたり。

本当にここ数ヶ月、体力も落ちながら考えたことは、深い深い海の底に沈んで、自分を消してしまいたいということだった。

信頼していたひとたちは笑顔で嘘をついたり、メッキされた言葉を放つ。

それを消してくれたのは、ある人の言葉だったり、ある人の文章だったり。

これから先、自分がどのように人と関わったり、人と話したりするのか、どうしていったらいいのかを決めるのは、きっと美しさなんだなって思う。

もう、自分を良いひとに見せたいとか、ほめられたいとか、思わない。

もう、自分がこんなにひどい人生なんですとか、嵐の夜を歩いてますとかも、思わない。なぜなら、全く美しくないからだ。

何かの都合、だれかの事情、そんなものが渦巻いて、人の眼の輝きを消してしまうのだ。

正しいことを大切にするあまり、本当の美しさを失ってはいないか。

そもそもその正しさとは、だれの正しさなのか。

私と、主人と、姑さんと、子供たちに向けられる言葉は、美しいか。

私が誰かに放つ言葉は、美しいか。

そのひとを表しているその言葉は美しいか。

その生き方は美しいか。

夜空の見える畑の中の道を歩いていても、ひとがたくさんいる街の不夜城のそばを歩いていても、そのひとの瞳に映る、その人の心は美しいか。

自分なりに考えて、これが答え。

美しくないもの、美しくないことがら、美しくないだれかを、もう捨ててしまおう。

障害者や高齢者への言葉にもひとつひとつ色があり、匂いがある。

それは美しいか。

私の言葉は、誰かの心に届く時、美しいか。

力を持った人が放つ言葉は、美しいか。

人の心を踏みにじり、誰かの涙の上を歩いていないのか。

私は自分の都合で何かを語り、決め、「これは神様の御心」「誰かのため」と笑顔で自分を正当化していないか。

もう決めた。

この生き方は、美しいか。

問いたい。

この生き方は美しいのか。

すいかを買いに行った、近くの八百屋さんがまくわうりを2つくださいました。

うれしいな〜まくわうり。ひらがなで書くとかわいい。

 

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