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ヘルパーステーションけろけろ 

身体障害2級のだんなさんと要介護3の姑さんと4人の子供たちと一緒に、大阪から宮崎まで引っ越ししてきました。家庭と介護と仕事など、様々な生活の記録です。仕事で訪問介護員をしています。

スリルと感動のアドベンチャー

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8月2日に宮崎港に上陸してからもうすぐひと月。

いろいろ想定外のこともあって、メンタルが落ちてしまって、引越しの片付けなどもなんだか手につかないようなふわふわしたことに。情けない。

転勤族だからなのか、日本各地の友人知人が心配してくれて電話をくれたりメールをくれたりしたけれど、ほぼ返信できず、何かをみても感情が動かなくなっていたので、ちょっと鬱傾向だったかもしれない。なんというへたれなことか。それなのに、本当に親身になって、考えてくださったり、祈ってくださったり、提案してくださったり、朝に夜に、電話にメールをくださって励ましてくださったたくさんの方々。ありがとうございます。本当にありがとう。こんなけろけろを励ましてくださったご恩を忘れず、誰か辛い気持ちの方に優しい言葉でリレーします。

今年はなんでも宮崎県人にとっても想定外の暑い夏だったとのこと、そうとは知らず暑い暑いすごい湿度だとさらにへろへろに拍車をかけてしまった。

その間にも姑さんのディサービスのお試しや心疾患の通院先の選択などは着々と進み、なんとかかんとかここまで。一生懸命姑さんのために動いてくださるケアマネさん、知人の看護師さん介護福祉士さんたち、ありがとうございます。けろけろの心が沈んでいても、みなさんの善意でここまでくることができました。

数週間住んでみてわかったことには、この街では時間が少しゆっくりと過ぎる。四国にいた時とも、九州の内陸にいたときとも違う。一番近いのは、広島にいた頃に教えてもらった「なぎ」の時間のような。だから、市役所の人たちが、私や主人の訴えにきょとんとしていたのも少しわかるような気がした。ここでは本当に障害の事実や障害者の自立などは遠い世界のことなのかも知れない。それはきっと悪意でもなんでもなく。受けた障害を主張することなく人生を終わるのが当たり前なのかもしれない。それを不思議に思うことも不幸に思うこともない。だから、けろけろが「おかしいおかしい」と言う言葉がむしろおかしく響くのだと思う。私たちが異質なのだ。ここ数週間で会った人たちはだれも優しかったし、話を聞いてくれて、悩んでくれたり考えてくれたりした。そうか、行政もきっとこんな感じなんだな。

障害者?あ、大変だね、びっくりしちゃった、そうなんだ、でもここは東京みたいな大都会じゃないから、できないこともあるんだよね。

そう言われた気がした。

何も無理して障害者が扶養家族を養ったり仕事したりすることないんじゃないの。

そう言いたかったのかもしれない。それはここではごく普通のことで、それを知らないできたけろけろにはひどくこたえたけれど。

障害者の生活上の自立度は、その社会の成熟度と比例すると考えているけれど、それも様々な段階をへて初めてわかることだと思う。社会の構成要員として障害者が認められるにはまたたくさんの越えるべき内容があって、少し調べてみたけれど、この街の中でその部分ですでにチャレンジャーとなっている事業所や当事者も存在しているみたいだった。けろけろたちの住む場所からはけっこう遠いのだけど、いつか一緒に話す機会もあるかも知れないな。楽しみかも。

いつかこの静かな街にも、障害を持ち起業し自活し独居生活を送れる障害者がたくさん増えたらいいな。その時にわたしたちがどこに住んでいたとしても。

主人は強い男なので、全くへたれていない。もしかして先天的障害者はそういう部分を持ち合わせていて、人生をうまくやりすごしたりかわしたりしているのかもしれないな。長いものに巻かれることなく、スルーしながら対策を考えられることはけろけろから見たら奇跡に近いけれど。

結婚して1年未満で異動した関東の街で、警察に免許証の手続きなどに行く主人に同行した。当時、身体障害3級だった主人だけれど、駐車禁止指定外の証明書をいただけるのでありがたく手続きに向かった。警察の中は免許の更新や様々な手続きの人たちであふれ返っていて、たくさんの長椅子にも座れない状態だったのだけど。指定外の手続きに行った主人がなかなか戻らないと思ったら、警察官が一緒にきて、その待合室の前方に主人が立っていた。たくさんの人が暇そうに見ている前で、主人が歩行してそれを警官が見ている。待合室の人たちもなんだなんだという感じで見ている。左右の足の長さが違うから歩行に大きな特徴が出て身体が大きく揺れる。転倒するかもしれないじゃないの。なんでこんなことするんかな。

戻った主人に聞いたら、指定外の証明を出すのに、歩行困難者であることを目の前で証明するように言われ、おそらく警察官はどこか別室に行くのが面倒だったのだろう、この場で歩行してください、となったのだとか。それが人がたくさん待っていた大きな待合室(窓口前)だったということだった。

主人はなんだかなーと言っていたけど、こういうことよくあって嫌やな、くらいだった。でもけろけろはこっそり涙が出てしまい(よく泣く)その時の光景は今でもはっきり目に焼き付いている。やめて。あれはわたしの夫よ。

あれから20年がたって、でもいろんなことはまだまだ続くんだ。

きっと悪意もあれば、善意もある。きょとんとされることもあるんだ。

いろいろ冷静に考えてみて、きっと今回は「知らない」ということが根底にあって、悪意ではなくて、ついつい…なんだと思う。それは今の時点ではどうしようもないことなんだ。

そして、どうしようもないことがこの世には多く、越えて行く方法を考えなくてはいけないのだ。主人が「しゃあないやないか。ほっとけ。」というのは、いつもそういう時だし。

20代の頃に、ありがたくもお嫁に欲しいといってくださる方も少しあったけれど、なぜか心が動かないことがあった。今考えるともったいない。笑 持ち家にけっこうな収入、穏やかそうな人格に、背も高い方もあったし…ああどうしてなんだ。笑 

でも、なぜがわからないけど、初めて一緒に駅に向かった夜道で、「わりと身体が揺れるんだこのひと。」と思った主人の嫁になることにしてしまった。お世話になっていた年長の方にその報告をしたら「けろけろちゃん、彼とならきっとスリルと感動と激動の人生を送れるよ。」と祝福してくださった。その時は「えへへえ♡」なんて甘ったるく考えていたんだった。でもあの時の甘ちゃんのけろけろには、覚悟はなかった。まあ、結婚なんてそんなもんだ。笑

そうだそうだ、あの頃よく聴いていた広瀬香美の歌にもあったっけ。

「スリルと感動のアドベンチャー

まったくその通りじゃないか。

まだまだ旅は終わらない。どうしようもないことも、泣くこともまだまだたくさんあるんだろう。何しろけろけろはへたれなのだ。

そして、けろけろはキリスト教徒なのだけど、ここしばらく本当によく聴いた讃美歌の歌詞に心をうたれた。

「我が主、我が神、恵みたまえ。

ただ頼りゆく我が身を」

これから始まるアドベンチャーが、いつかきっと懐かしい日々になりますように。

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