ヘルパーステーションけろけろ 

身体障害2級のだんなさんと要介護3の姑さんと4人の子供たちと一緒に、大阪から宮崎まで引っ越ししてきました。家庭と介護と仕事など、様々な生活の記録です。仕事で訪問介護員をしています。

大切なことは「GIVE&GIVE&FORGET」だった

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ここずいぶん前から「いばや通信」というブログの愛読者で、だいたいがHatenaでブログをスタートしたのも「いばや通信」の写真がきれいだし、なんだか親近感が、というところからでした。

12月22日は激闘クリスマス中でまさに身も心もラリホーだったのですけど、いばや通信のこの記事を読んで、頭ががつんどころか心が砕け散ったのでした!

ibaya.hatenablog.com

よくいう「宗教が嘘くさい」って、まさになんだかこのあたりのことで、「なんかさーほんとはさーGIVE AND TAKEなんでしょ?」みたいなところですよね。「◯◯してほしかったら献金してよ」みたいな。

さらには介護も似たような感じで、ほんとによく言われる「収入の元になるからこその介護」みたいなことって、これは介護の講習での「あるある」。つまりは「仕事としての対価があったほうが、介護はプロ意識を持って取り組めるから、よりよくなる。」という考え方。けろけろが最初に習った先生達はみなこの考え方であったし、確かに「そうでも思わないとやってらんねえ」というサービス提供責任者が多かったかな。そして自分もそう思うところがたくさんあった。

それこそ訪問介護事業所のファックスに、親会社の社長から「金!金!金!金が大切!よく考えな!」という直筆メッセージが届いたりしていて(社内で会計上のミスがあったかららしいけど)かなり引いたけど、でもそれを「仕方ないよね」という雰囲気で社員が考えていたのも引いて、なんというか「これが世の中」って思ってしまう自分にも引いた…

ああ、でも違うんだ。そうじゃなかったんだ。

そう思えたひとこと。

大切なことは「GIVE&GIVE&FORGET」だった。

「GIVE&TAKE」が当たり前の世の中ではある。確かにそう。

それが当たり前。労働にも愛情にも世話にも対価を求めて、それで生活が成り立つ。

でも違う世界があったんだ。

「GIVE&FORGET」でもない。

「GIVE&GIVE&FORGET」なんだ。

「与えて、与えて、忘れてしまう」なんだ。

「与えて、忘れる」でもなかった。

ほんとうの、ほんとうの、突き詰めたところにある、ほんとうの言葉だった。

介護でも宗教でもおんなじだなあ。

って思ったことよ。

砕け散った心は、いろんな失敗もしているけれども、でも取り組んでいくのだ、という気持ちを持つ事ができました。

ありがたい。

写真は、この激闘クリスマス時期約2週間で200枚縫った布袋のうち1枚。

クリスマスプレゼントを入れる為に作ったものです。

クリスマス布地でもたくさん作りましたが、そうじゃない布地も面白かった。

これは長女が「かわいい柄!」と選んだもので、あとになって「これって、さるカニ合戦やん」と気がついたというもの。笑 そこに聖句のスタンプ(オーダー品よ)を押しちゃうのだ。手にしてくれた方が、少しほっこりしてくださったら嬉しい。

そうだった。よく考えたら、こういう手仕事をしているときは、けろけろは対価を求めない。誰かが嬉しいと感じてくれたら、喜んでくれたら、使ってくれたら嬉しい。そう思ってカタカタとミシンを動かす。夜中にも朝にも。そこには「GIVE&TAKE」はなかった。そこの部分では、できていたんだ。「与えて、忘れてしまう」こと。

そうしたら、他にもその気持ちを持って行こう。運んで行こう。

 

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