ヘルパーステーションけろけろ 

介護福祉士です。訪問介護しています。重症妊娠中毒症による子宮内胎児発育遅延で緊急帝王切開してから出産の度に帝王切開しました。小中高大4人の子供、身体障害者の夫、要介護3で認知症の姑さんがいます。大阪から宮崎への引越しと、そのあとの毎日の記録です。

遊牧民のように、星を見上げて歩いていこう

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突然なのだけど、ここ2週間ほどいろんなことがありまして、人生がまたぐるぐると回りました。

おととしの秋には介護も含む事情を抱えて転職し、さらに年末に体調を崩し、昨年年明けには病気になり、春前には大出血起こして入院して手術もし、そこへ主人の異動の辞令が来て、あたふたしていたら姑さんが春にイレウスになって緊急入院と手術に術後せん妄に認知症が進み、となりました。

おととし冬から仕事に行っていた重度訪問介護の事業所にも夏にお別れして、さらに認知症イレウス後で大騒動になって強迫神経症大爆発の姑さんも連れての引越しをして、新しい事業所に秋からお世話になって…

なんというか流転しているーという実感がありました。

それでも必死になってあれこれ働いたり姑さんのケアを検討したり、主人の障害の件では市役所とちょっとしたバトルをしたり。

でもとにかくやってきた。一生懸命だった。

たくさんの友人知人がいっぱいいっぱい助けてくれて、電話やメール、手紙、宅配便、そして気をつかってくれて、祈ってくれて、カンパしてくれて、食べ物を送ってくれたり子供に服を送ってくれたり、私にお菓子をくれたりすごかった。人生でこんなにたくさんの人に(それもあったことがない方も含む)こんなに気にしていただいて、こんなにたくさんの食べ物やらいろんなものをいただいたことってなかったです。

みんなに気にしていただける私って果報者だと本当に思いました。

そして今後の人生の展開について、たくさん考えてたくさん準備して、がんばって仕事もしようと思っているけど、想定外のことがたくさんたくさん、本当にこんなにいろいろあるのか!ってくらい起こっていまして、もう頭がまわらないよ!くらいです。

そしてトドメに、2週間ほど前に、けろけろが考えていた今後の生活設計を大きくはばむ出来事が起こって、脱力はんぱなくなりました。全てががらがらと崩れてしまって、泣くに泣けない。

でもその時に思ったのでした。

もう、いいや。

今までも、生まれて2週間後に母と一緒に預けられていた親戚の家を(実父が学生に戻っていた時だったもので)、赤ん坊の泣き声が(けろけろよ)うるさいという理由で追い出されて以来、本当に転々としてきた人生だった。

実母はよく「私たちの人生はどさ回りのジプシーみたいなもの〜」と歌うように言っていたから、ジプシーみたいなわたし〜とずっと思っていました。

そしていま、ここ数年計画したり考えたり(祈って考えてないわけではありません)必死で準備したり戦ってきたり、ああ、こうできたら家族にも自分にもまわりにもベストな生活になるのでは、と思ってきたような計画やしたいこと、学びたいこと、そんなものは、ほぼ全部だめになりました。

うそみたいに、だめになりました。

そしてそのあと、いろんなことが起こり、なんでだか、ああ、こうなるのが一番良かったのかなあと思ったりする。

この1年でわかったのは、ひとはひとを痛めつけたり裏切ったりいろんなことをするし、考えも無いし愛情もないけど、神様はたとえそれで何か悪いことが起こっても、その悪いことをベストな状態にどんどん変えてくださるのだ、ということ。

人間は考えもなしにひどいことをするけど、神様はわたしに悪いことをしない。

それだけはわかった。

ならもう、いいや。と思いまして。

もう、自分の考えたことしたかったこと、計画したことが次々に倒れ、現状は悪化して、お先真っ暗にはなるけれど、もう、いいや。

遊牧民のように、星を見て、風をみて、いくのだ。

そうだ荒野を目指すのだ。

そう思っています。

私の考えたことは、すべて潰れてしまい、足元も揺らぎ、心が沈みましたが、神様は私に悪いことをしないでしょう。

なので、遊牧民は、あてはないけれど、先はわからないけれど、旅立つのだと、思います。

先日、とってもすてきな刺繍のストールを通販で買いました。モロッコ刺繍なのだそうです。

遊牧民、という言葉はこのストールをひらひらさせていたら思い出した。

来年も再来年ももうわからなくなったけれど、どの砂漠にいても、星を見上げて歩いていこう。

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