ヘルパーステーションけろけろ 

介護福祉士です。訪問介護しています。重症妊娠中毒症による子宮内胎児発育遅延で緊急帝王切開してから出産の度に帝王切開しました。小中高大4人の子供、身体障害者の夫、要介護3で認知症の姑さんがいます。大阪から宮崎への引越しと、そのあとの毎日の記録です。

美しい信条とそのたたずまいをリスペクトする

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ここ最近よく考える事は、自分がとても尊敬している…リスペクトしているひとたちは、様々な信仰信条を持っておられます。

 

たとえば、私がとても尊敬し、1度講演会でお会いしたことのある「森のイスキア」の佐藤初女さん。このかたは、おにぎりを握り、丁寧に作られたお食事をイスキアで提供され、それを食べた方々が、心を癒された、と有名になられたのですが、カトリックの信仰深い信徒さんです。

 

思えば、私が小学校の時にあまりにも感動して「あのかたの世界に行きたい」と強く願ったのが、インドのコルカタカルカッタ)でご自身が作られた修道会「ミッショナリー・オブ・チャリティーズ」での活動でノーベル平和賞を受けられたマザーテレサ

この方はもともとはカトリックの教理「カテキズム」の先生で、なんといっても修道女ですから、それはまたすごい。

 

今現在の私のいる世界とカトリック教会はまた別のものですが、それがこのお二方への尊敬には全く影響しませんし、それはごく当たり前のことと思います。

 

また子供の頃、とても好きだったお友達のお宅では、大切にされたお仏壇とお線香の香りがなんだか懐かしく、自分の住んでいる世界とは違う香りであるものの、清廉な美しさに子供ながら心を打たれました。それは相手を大切にするという姿勢、心の向きが子供にもわかったのだと思います。

 

美しい信条、生きる姿勢、そういうものへの尊敬はやみません。

 

本当に美しい信条、信仰を持った方というのは、それがどの方向性であろうと、宗教であろうと、美しいものであると思います。

 

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よく言葉巧みに相手を巻き込む方がありますが、本当に美しい信条を持っていない方の言葉というのは、表面だけに感じますし、文字になった時にもとても読みにくく感じます。

 

本当に心が澄んでいる方の言葉は、発語であっても文字であっても、すうっと心に響いてくるものであって、それは不思議なほどです。

 

語彙が豊かで巧みであっても、その心に自分しかない場合は、ご本人が気がついていようとそうでなかろうと、全くこちらに届くものがありません。

 

ひとの生き方って不思議なもので、なんだか相手を見下すようなひとの言葉は、やはり見下しているし、文字にしても心地よいものではありません。

 

相手をリスペクトした上での議論であれば、文字も言葉も心にすうっと入ってくるのですが、そのような心意気のないものについては、目で追う事が困難なのです。不思議ですね。読むことが困難に感じます。目にうるさく、脳が疲れてしまいます。

 

結局は、「相手を尊敬し、相手と自分の垣根をなくして、お互いに違う意見であったとしても、人間の尊厳を持ち、この世界の中で出会えたことに感謝する」心がなければ、すべての会話も文字もまったく徒労に終わると思います。片方に尊敬があったとしても、もう片方が違う方向性であれば、同じく徒労に終わる残念な結果が残ります。

 

そしてそのような場合、そのような人間の尊厳を無視した相手との時間は、ある一定を越えると時間の無駄使いに感じますし、それをむしろ近隣のお困りごとのある方へ使うことを神さまは望まれてはいないだろうかと感じることがしばしばです。これはもちろん私の感じ方であるので、相手との関係性や知恵や知識の度量によっては違う方向性も多くあることでしょう。

 

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私が「ああこの方なんて素晴らしいのかな」とため息がでる方々には、お寺の尼さんもおられますし、すてきな雑貨店のオーナーさんもありますし、先のカトリックの方々もあります。

 

みなさん、信仰しておられる宗派に違いがあっても、その方の美しいたたずまいは、みなさん共通です。

 

そのような方を前にしては、「仏教はきらいだから」とか「キリスト教は抵抗がある」「神道を信心するひとは迷信深くあまり好きではない」などという言葉すら、本当に人生を損しているとしか思えず、自分の地平線を狭めているだけであって、なんてもったいないことだろうと思えます。

 

結局、本当の美しいたたずまいは、どの時代、どの社会にあっても、同じく優しさと美しさを放つのだと思います。

 

自分自身はまったく足元にも及ばない情けなさではありますが、自分の承認欲求のためにひとをこきおろすような愚かさは持ちたくありませんし、またたくさんの方とつながることにより、さらに心の地平線を広く遠くに広げていけますように。

 

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