ヘルパーステーションけろけろ 

介護福祉士です。訪問介護しています。重症妊娠中毒症による子宮内胎児発育遅延で緊急帝王切開してから出産の度に帝王切開しました。小中高大4人の子供、身体障害者の夫、要介護3で認知症の姑さんがいます。大阪から宮崎への引越しと、そのあとの毎日の記録です。

「いい恋をしなさい」

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仕事で上京する前に、大阪梅田の阪急東通商店街先にあった専門学校に1年だけ通いました。

わたしと、もうひとり、わたしよりひと回り先輩だった美人さん、他の学生に気後れしているわたしを引っ張っては、近くのすてきな喫茶店に通ったリ、百貨店を見に行ったり…

お化粧が下手なわたしに基礎化粧品を教えてくれて、つんけんしたいじわるのないひとでした。

楠木正成の末裔と結婚する前はananのモデルもしていたそうですか、結婚後は旦那さん実家経営の北新地のクラブに、ホステスさんと託児係兼用で仕事していましたが、お給料いただけず、託児中に義妹の小学生の子供におとなしくするように話したら翌日には腕を脱臼したと訴え、旦那さんからの身体へのDVも重なり、あまりの内容に離婚。

その頃には実家の姉が脳腫瘍で北野病院に数年…実家で甥姪をみながら、残った慰謝料で秘書科の勉強しに来られました。

年代が学生よりひと回り以上で「お母さん」と呼ばれといて、学生とひとつ違いのわたしは「お姉さん」でした。

 

勉強するのが楽しいと言っていて、簿記やいろいろな検定も頑張って就活して、春から企業の秘書室へ。

その年わたしは東京に就職に行き、友達の結婚式に大阪にくるぐらい…

 

東京のひとり暮らし、忙しくて楽しくて、そんな頃数回電話をもらいました。

 

実は、乳癌になったこと、仕事がらみで知り合った心斎橋の老舗の若旦那さんがようしてくれること、仕事がすごく楽しいこと、北野病院の姉が危ないこと、両親の介護が心配…

 

ようわかるようなわからんような話をして…うんうんお母さんすごいわあ、そんな相づち。

京都の祇園に連れてくわ、一見さんお断りやで。ええもんみんとあかんのよ…

 

最後の電話、はっきり憶えてる。

仕事大事やわ、なんでもな、小さいことから頑張り…。

あんたなんでもはいはい聞いとったらあかんで、小間使い違いますいいや…。

あんたこれから、たくさんのひとに会うわ、いっぱい教えてもらい。仕事のできる男のひとたちには理由があるよ。

 

最後に何回も何回にも繰り返した…

「いい恋をしなさい。」

『あなたが大好き」』言うて後悔ない恋を。」

「きれいにしなさい。顔の美醜違うよ、だれかのために精一杯、自分を高める、それが大切。」

その頃、お世辞にも良い恋などしてなくて、恥ずかしくて相談しなかった…

したら良かった…

それが最後の電話になり、「お母さん」はしばらくして亡くなりました。

「お母さん」の最後の恋は、心斎橋の老舗の若旦那さん。お葬式もだしてくれて、1回だけ電話で話した…

 

駆け抜けた30数年、

少し濃いめの新地メイク、

勉強好きな可愛いひと。

最後の恋。

 

最近よく思い出します。

何歳になっても、どこにいても

「いい恋をしなさい。

きれいにしなさい。

自分を高めなさい。」

 

全然できてへん。

 

次に会うとき

「わたしなりに頑張ってん」言えるように、しよう。

また会いたい。「お母さん」に。